「あまり覚えてないけど、さっきも変な夢見たし。まだ夢の中か、もう一度寝よう……」
そう言いながら目をつむるが獣のうめき声や、やわらかな草の匂いが眠気を吹き飛ばす。
「うおぉぉぉ!ほんとにここどこ!何かこう喉にも違和感あるし!……」
小柄で角の生えた美しい少女はその姿に似合わず地面の上を左右に転がる。
「あれか?異世界転生とかいうやつか?この場合だと異世界転移か?どっちでもええわい!ギルメンに借りて読んだ事はあるんじゃが…すぐ冷静になるとか無理じゃ!聞いた事ない獣の声とか聞こえるのじゃ!」
などと転がりながら考え、ゲーム時代に使っていた言葉使いだと喉に違和感がなくなり少し落ち着くが、恥ずかしい記憶も呼び起こされ少し気が沈む。
「そうじゃ!アレじゃお約束のアレじゃ!」
「ステータス!オープン!」
あたり一面が何事もなかったように静かになる・・・
「何も起こらぬではないか!しかも何故なにゆえ、獣共まで静かになる!只々恥ずかしいだけではないか!」
頭に両手をあて右往左往していると腰のベルトに付けてある小さくて綺麗な箱に気が付く。
「アイテムバッグ!これじゃ!」
出て沸いた一つの解決策に希望を込めて中身を探る。
「最後の戦闘の大盤振る舞いで色々と使ってしまったから消費系アイテムがほとんど残ってないのじゃ!それはよいが…………ポーションではない……時の砂時計でもない……賢者の緋石でもない……あったこれじゃ!真実の水鏡!」
何も映していない楕円の大きな金属の塊が宙に浮く。
「真実の水鏡よ!わらわの姿を映せ!」
楕円の金属の塊に水が張られ声の主の姿を映す。
「なっなんじゃと!」
鏡に映された姿はゲームプレイ時に使用していた。ルディールの姿だった。
「うむ!時間と金をおしまずに制作しただけあってやはり可愛いのう!……って違う!今はそうではない!」
自身の姿を確認しながら体や服を鏡越しに確認していく。
「立派な角じゃ……服の触り心地もよいし、まるで本物のようじゃな…まな板とか洗濯板とか呼ばれないぐらいには胸もしっかりあるのう……」
ある程度は落ち着いたものの内心は冷や汗が止まらないでいた。
(もしかしてと言うかやはりと言うべきか、ルディールの姿で異世界にでも来てしまったんじゃろうか……)
半分放心状態になりながらもこれからの事を考えようとするが、獣のうめき声に恐怖を覚える。
「ダメじゃ……これ絶対にモンスターとか呼ばれる体調に著しい不調を与えるモノがいるパターンではないか!」
真実の水鏡をアイテムボックスに収納している時に残りのアイテムや容量が気になる。
(ふむ、このアイテムボックスも特化ステに合わせてあるから、容量がどれほど入るか確認せんとのう……お金もほとんどないのう……家具やらテイムモンスターは残っておるが……まずは身体能力じゃな)
そう考えながらその場でジャンプしたり軽く走ったり、ゲーム上で飛んだり日常的に使う動作を確認してみる。
「ふむふむ、多少の差違はあれどゲーム時代と似たようなものか、石を握り潰そうと思えば軽くできるが、さきほどのトカゲのように無意識でも加減はできておるのう。では攻撃方法はどんなもんじゃ?」
ゲーム時代のルディールは武器や盾を装備しないデメリット選び、その代わりに身体強化と魔力強化させるスキル取りのメリットで爪で牽制、魔法で攻撃のスタイルで戦っていた。
「おお!攻撃もほぼ同じじゃな!ちゃんと爪がのびるのう!ゲーム時代よりもはるかに細かい動きができるのじゃ!ヘビのようにうごくのじゃ!スネークダンスじゃ!……だからそんな事をやって遊んでいる場合ではないわ!」
そこに周りの木々よりも少し大きな木が目に付く。
「威力の方はどうかのぅ?まぁ牽制用の爪じゃしな、そこまで期待するほどのものではあるまい」
ゲームで攻撃するように軽く力を込め横に払うと爪がうっすらと発光し目標にしていた木とその周りの木々もまとめて粉微塵になった。
「うっうむ……何か威力がおかしい気もするが……まっまぁ許容範囲じゃろう」
そこに爪による攻撃の時に出た魔力に呼ばれるように、雲を割り小さな山を思わせる鳥のような生物が襲い掛かってきた。
「なっなんじゃ!魔物か!」
ルディールは驚いたが、しかし彼女からしてみればその動きは遅く軽くいなせた。
「なんじゃい……驚いて損したわい。しかし見たこともない生き物じゃなゲームでも現実にもおらんかったのう」
軽くかわしながらその生物を観察する。
「ちとすまぬが、魔法の実験に付き合ってもらうぞ。」
ルディールの目付きが変わり周りの圧力が高まっていく……
拠点破壊特化型ヘヴンリーディザスター
ルディール・ル・オントのゲーム時代のステ振りだ。
簡単に言うとロマン職で、攻城戦や多人数戦での一発の火力に命を懸けるステータスで構成された魔法職である。相手の拠点防壁や城門を一撃で破壊できる唯一無二のロマンのこもった職である。しかし育て切るには大層な犠牲(課金)をともなう。
「この魔法ならば使い慣れておるし威力も攻撃範囲も、まぁ間違えんじゃろ!」
大きく手をあげ叫ぶ
「ディストラクション!」
右手中指の指輪が大きく光り、魔法が発動され光がすべてを飲み込んでいく、ルディールもあまりの眩しさに目をつむる。
こんなに派手ではなかったはずなんじゃがな……と思いながらゆっくりと目を開ける。
「なっなっなななな!」
ルディールは目に映る景色に驚愕した。
それもそのはず、唱えた魔法の効果で視界内全ての森は消し飛び地面は溶岩を思わせるかの如く融解し高熱を発していた。
「なぜじゃ!なぜここまで威力があがっておるんじゃ!かっ観察は後じゃ!このマイナスイオン豊かそうな森を爆心地のようにはしとうないわい!」
そう叫びながら先ほどと同じようにアイテムバッグを漁る。
「さっき見かけたんじゃ!あったこれじゃ!時の砂時計!鏡が使えたんじゃこれも使えるじゃろ!」
アイテムバッグの中から細かな装飾がなされた小さな砂時計を取り出し空に向いて掲げながらその名前を叫ぶ。
「時の砂時計よ!時を戻せ!」
【時の砂時計】ゲーム時代の使用効果は使用者がいるマップの時間を五分戻す。主に時間沸きモンスターの数を討伐する時や武器強化時に失敗した時に使用される課金プレイヤー御用達の使い切りアイテムである。一つ100円で六つで500円。
一度、時間が止まり緩やかに世界が逆再生されていく。
「おお……戻ったのじゃ……残り一つになってしもうたがしかたないのう……どこかで買えるんじゃろか?」
砂時計の効果により復活した大きな鳥のような魔物がまた襲い掛かってくるが、ルディールの小さな手が大きなくちばしを掴み、鳥に話しかける。
「ほれ鳥よ。自分が死んだ時の記憶があるじゃろう?今は一身上の都合で少々取り込み中じゃ。また焼き焼きされとうなけば巣に帰れ」
そう言いながら指に少し力を込めると鳥のような魔物は翼を大きく羽ばたかせ逃げるように雲の割れ目にとんでいく。
その大きな鳥を見送るように手を振っていると右手中指の指輪に光が反射してその存在に気が付く。
「真なる王の指輪!……この指輪を付けとるという事は、ラストエネミーになったステータスのままここにいるんじゃろうか……」
答えの出ない呟きが風に流されていく……
「えぇい!駄目じゃ!一人でおっても自分なんぞわからぬ!とりあえずは人か意思疎通のできる者をさがさねば!」
ルディールは自分に活を入れ重い足取りで森の中を歩いていく。
「だっだれか、助けて……」
今にも消え入りそうな声がルディールの耳に届く